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「日本海」を「東海」と書く日本企業

2007/02/15 17:37

 

少し前の話だが、昨年12月に
台湾に行ったときのこと。エバー航空を利用した。機内はきれいで、設備も整い、客室乗務員もみな親切で、快適だった。しかし、一つだけ、「何だ、これは」と驚いたことがあった。

 飛行機の現在位置を刻々と示すスクリーンの地図で、「日本海」とあるべきところが、なんと「東海」となっていたのだ。いうまでもなく韓国政府が「日本の海とは気に入らぬ」とばかり、韓国の東の海、すなわち「東海」にと、変更を求めている名称である。

 韓国の航空機ならいざ知らず、日台空路で台湾資本の親日的とも見られている航空会社の航路地図に「東海」とあるので驚いた。

 その後、うかつにも失念していたが、最近、台湾の外交官と話をしていてふと思い出し、やや筋違いと思いながら、抗議の気持ちをこめて話題にすると、思わぬ返事が返ってきた。

 「じつは別の方からも、同じ指摘を受けたので、エバー航空に問い合わせたところ、あの地図のソフトを作ったのは日本のメーカーとのことだった」というのである。エバー側は気付いていなかったらしい。

日本のメーカーとは、家電大手M社系の企業という。さっそく善処を求めたそうだが、日本のメーカー、それも大手が、日本海をあえて東海とするとは…。うっかりでも許しがたいが、意図的だったとすれば、犯罪的ですらある。

 

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塩野七生さんの言葉

2007/01/21 14:02

 

産経新聞朝刊に連載中の塩野七生さんのインタビュー「話しの肖像画」が面白い。以下に本日、2007年1月21日付の抜き書きを記すが、とりわけ、「政治は結果によって評価される」「手法はさして問題ではない」「ルターの主張は大きな危険をはらんでいる」「神と人間が直接つながると、人間は自分が神から聞きたいと思っていることを神が言ったように思い込むようになる」「私は無神論者ではない。神が存在しないという無神論は一種の傲慢」という指摘が印象的であった。いずれも、いつか引用したい言葉である。

本日の産経新聞読書ページの「時評 論壇2月号」に評論家の稲垣真澄氏が、「『ローマ人の物語』(全15巻)の完結を記念して、2誌(Voice、文藝春秋)が作者・塩野七生さへのインタビューを載せている。いずれも読み応えがあった」として、紹介している。あわせて興味深い。

 

 以下は、本日の「話しの肖像画」からの抜き書きである。

 

《私は「人間は、宗教によってさえ変えようがないほど《悪》に対する抵抗力がない存在」というマキャベリの認識に共感するのです。そして政治は結果によって評価されるという視点ですね。手法はさして問題ではありません。》

 

《ルターは神と信者の中間に聖職者階級を置いたのが間違いだと考え、神と人間が直接つながるべきだと主張しました。プロテスタントの始まりです。ルターの時代から500年がたちましたが、果たして人間性は向上したでしょうか。》

 

《私はルターの主張は大きな危険をはらんでいると考えます。神と人間が直接つながると、人間は自分が神から聞きたいと思っていることを神が言ったように思い込むようになると思うのです。(神と人間の間に聖職者の存在する)カトリックの国では、アウシュビッツのようなことは起こりにくいのではないでしょうか。》

 

《私は無神論者ではありません。神がいるとも証明できないし、いないとも証明できない。神が存在しないという無神論は一種の傲慢ですよ。》

 

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麻生外相の講演は面白い。クセがあるけど。

2006/12/01 17:55

 

  今日の朝刊で、麻生太郎外相が都内で講演し「自由と繁栄の弧」と名づけた新外交政策を発表した、という記事を読んだ。東南アジアから中央アジア、東欧にいたるユーラシア大陸で、民主主義国の定着と発展を支援する政策だという。

 最初は麻生氏得意の「言葉の遊び」か、とも思ったが、気になったので、外務省のホームページに載った講演記録「『自由と繁栄の弧』をつくる」の全文を読んでみた。いや面白かったこと。興奮すら覚えながら一気に読んでしまった。

草稿づくりの段階で官僚の協力があったことは間違いないだろうが、全編にこれ、麻生節が貫かれている。官僚だけではとても書けない内容だ。あのクセのあるダミ声が聞こえてきそうであった。

江戸時代の日本の読書人口の多さから説き起こし、日本は普遍的価値を重んじる点においてはもはや老舗(しにせ)の部類に入る国なので、「価値の外交」を進める資格がある、エヘン、と胸をはる。

そのうえで、「以下は、そういう国、日本の外務大臣が、公約として申し上げることです」と厳かに言い、「自由と繁栄の弧」政策の説明を進める。こんなくだりもあった。

「米国はいうまでもなく、豪州インド、それにEUあるいはNATO諸国という、思いと利益を共有する友邦諸国とますます堅固に結ばれつつ、「自由と繁栄の弧」の形成・拡大に努めてまいらねばならぬと、固く信じるわけであります」

「自由と繁栄の弧」などという名前は、米国がいう「不安定の弧」をもじったような感じだが、麻生氏は「名前のない政策は、国内外の人々に記憶すらしてもらえません。だからこそ、言葉が必要なのです」と大真面目である。確かにそうだ。

この講演が面白かったので、ホームページをたどって今年の主要の講演、演説の類を次々と読んでみた。いずれも一読以上の価値がある。ぜひともすべてを英訳し、世界に発信すべきである。日本の外交が変わりつつあることがよく分かる。

 

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ブッシュ大統領の支持率が急回復

2006/09/20 19:41

 


 日本のマスコミではほとんど報道されていないが、USAツデー紙とギャラップ社が今月15-17日に実施した世論調査によると、ブッシュ大統領の支持率が急上昇、44%となり、過去一年で最高を記録した。今年5月に記録した最低記録の31%から見れば、13ポイントもの上昇である。一方、不支持率は51%で、なお支持を上回ってはいるが、いつの間にか回復していたこの「支持率44%」という数字をどう見るべきか。日本では「ブッシュ大統領はすでに国民の支持を失っている」という評価が多いが、必ずしもそうではない、と見ておいた方がよさそうである。ブッシュ大統領への支持率が、ここへきてなぜ上がったのか。世論調査結果を伝えた19日付のUSAツデー紙によれば、9・11米中枢同時テロ5周年を機にブッシュ大統領が改めて示した「テロとの戦い」への決意が米国民に支持されたためだという。ガソリン代の反落も追い風になったらしい。 

米国人にとって、テロの脅威は日本人が感じているものの比ではないのだろう。ブッシュ大統領が強気の姿勢を続けるのも、米国民のテロへの怒りゆえと思われる。

この世論調査では、もう一つ興味深い結果が出た。11月7日の米中間選挙まであと7週間、日本では、共和党不利、民主党有利という観測がもっぱらだが、今回、投票に行くと答えた回答者の中で、「共和党候補に投票する」と答えた人48%、「民主党候補に投票する」と答えた人48%で、まったく同数だった。民主党楽勝では決してないことが分かる。今回の調査結果が、「9・11」5周年直後の一時的な現象なのか、そうではないのか、注視していく必要がある。少なくとも固定観念、通念にとらわれていると、米国の情勢分析を誤ることになりかねない。 


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安倍さん、カタカナ語はやめて。

2006/09/11 19:30

 

 安倍晋三さんのカタカナ語の多用がどうも気になる。11日、日本記者クラブで行なわれた総裁選候補者の討論会でも、「憲法改正は5年ちかいスパンで」など、カタカナ語を多用していた。

 今月1日に発表された安倍さんの政見構想「美しい国、日本。」を読み直してみても、カタカナ語に満ちていることが分かる。例えば、こんな風だ。

 「イノベーションによる経済成長」

 「リーダーシップのあるオープンな国」

 「官と民との新たなパートナーシップの確立」

 「再チャレンジできる社会」

 「メディカル・フロンティアの戦略」

 「戦後レジームからの新たな船出」

  日本の伝統を大切にし、「美しい国、日本」を築くことを訴える安倍さんである。言葉も「美しい日本の言葉」を使うようにしてもらいたい。外来語はときに、意味があいまいであり、それゆえ政治的には都合がよいのかもしれないが、安倍さんにはきちんとした日本語を使ってほしい。

 安倍さんの政治理念、政治姿勢には共感をおぼえることが多いだけに、言葉もぜひ「美しく、豊かな日本語」の使用につとめてほしいと願うのである。

 「政治家は言葉がすべて」という格言もある。安倍さんとその周辺にいる政治家諸氏には、どうかカタカナ語の多用はやめて、とお願いしたい。

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「1分間の黙祷」だけでなく

2006/08/07 15:55

 

  

 昨日は「広島原爆の日」だった。午前8時15分、NHKテレビの実況にあわせ、家人ともども起立して1分間の黙祷を捧げた。ただ1分間、黙祷をするだけで、心がしんと静まり、わずかなりとも犠牲者たちのこと、亡くなった身内の親しい人たちのことを思うことができた。日本全国で、多くの日本人が一斉に黙祷をするか、あるいは黙祷をしないまでも、犠牲者や亡き人々に思いを馳せ、追悼することの意味は大きい。

 ところで、「黙祷」というとなぜか日本では「1分間」とほぼ相場が決まっている。しかし、諸外国では、必ずしも1分間と決まってはいない。2001年の9.11米中枢同時テロ事件のときは、米国や欧州の各地で「3分間黙祷」が行われた。ローマ法王ヨハネパウロ二世が亡くなったとき、故郷のポーランドでは全国的に追悼ミサとともに「5分間黙祷」が捧げられた。

 先月14日のロンドン同時爆破テロの1周年のときは、英国全土で正午から「2分間黙祷」が捧げられた。おりしも全英オープンウィンブルドン・テニスが開催中だったが、会場のセンターコートでも「2分間黙祷」が捧げられた、とスポーツニュースが伝えていた。英国では毎年11月の「戦没者追悼記念日(Remembrance Day)」には、午前11時を期して全国で「2分間の黙祷(Two Minutes of Science)」が行われている。

 「黙祷は1分間」と決められているのは、どうやら日本だけのようである。前例や通念、社会の決まりを重視する日本らしい現象だが、黙祷は1分間と決めなくてもよいように思う。心をこめた追悼をするには、ときに1分間では短かすぎる。今後は折りに触れ、「2分間黙祷」、「3分間黙祷」、あるいは「数分間黙祷」をしてみようと考えている。

 

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「朝の詩」のすばらしさ

2006/07/28 13:10

 


  

 毎朝、新聞を読む楽しみの一つは、産経新聞の1面の題字横に毎日掲載される「朝の詩(うた)」を読むことだ。きょうの詩は、横浜市に住む79歳の男性のものだが、思わず、近くの人に一読を勧めたくなった。短いのでここに再掲すると、

 

  朝の詩 


 

 授かりもの


    横浜市瀬谷区

  宮尾 猛 79

賞味期限なんて

 一応の目安に

 させてもらってる

 俺には

 ものしなの

 よしあしを見分ける

 センサーがあり

 それを磨きながら

 生きてきたから

  

 書いてある年月日

 ばかり気にして

 天からの有難い

 授かりものの

 五感を衰えさせては

 ならない


 (選者 新川和江)


  

 ウーン、すばらしい。とくに、最後の「天からの有難い/授かりものの/五感を衰えさせては/ならない」には感動した。何でも便利すぎる時代に、人間の本来の能力の大切を再認識させてくれる。同時に、この言葉は、賞味期限のある食べ物だけでなく、すべての物事の価値判断に当てはまると思った。たとえば、世の権威の説であっても「一応の目安に」させてもらって、最後は「天からの有難い授かりものの五感」を総動員して、自分で判断する。こんな具合にである。

 ところで、読者の「詩」や短歌、俳句、川柳などの文学作品が、連日のように新聞や雑誌に掲載される国は、日本以外にはない。藤原正彦氏の本で読んだ記憶もあるが、日本国民の文化程度の高さを物語る一例として覚えておきたいものである。

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小沢代表の北朝鮮安保理決議での政府外交批判は不適切

2006/07/17 19:15

 

  

 民主党小沢一郎代表が、北朝鮮のミサイル発射に関する国連安保理決議採択に取り組んだ政府の批判を繰り返している。

15日には那覇市で同行記者団に「(米国は日本に強硬論を言わせながら、米中や米露(の間)で何とか着地点、妥協点を探ろうとしているのではないか。(日本政府は)本当のところの話が全然聞かされていないのではないか)と述べたという(毎日新聞16日付朝刊2面)。

 さらに、きょう17日には、都内で開いた小沢氏主催の「政治塾」で講義し、「最初の勢いはどこへやら、(政府が求めていた)制裁という(国連憲章)7章の中身を削除せざるを得なくなった」と指摘、政府の外交を批判した、という(共同通信)。

小沢氏はさらに、15日の発言と同様、「珍しく日本が先頭に立って(制裁を求める)決議案を提案する事態になったが、強硬論を言う役割をさせられて、裏では米中、米露の談合が行われていた。日本は米中、米露の話し合い、米国の本音について何も聞かされていなかった」と述べた、と伝えられる(同)。

 しかし、小沢氏のこの発言はきわめて不適切である。「何も聞かされていなかった」のは小沢氏の方ではないか、と思わざるを得ない。以下は私の取材によるものだが、まず、そもそも安保理に制裁決議案を出すことを最初に言い出したのは、日本政府であった。6月半ばごろのことである。万一、北朝鮮がミサイルを発射すれば、直ちに安保理に制裁決議を求める、と米国に伝え、米国の賛同を得て、その後、両国で決議案のすりあわせを行っていた。

 米国とは、ニューヨークの国連本部、東京の官邸と外務省などで、連日のように緊密に連絡を取り合い、情勢分析の交換を行い、戦術を練っていた。このあたりのことは、取材をしなくても、日々の安倍晋三官房長官、麻生太郎外相の動向を報道で見ているだけで想像がつく話しだ。米国だけでなく、英仏やその他の理事国とも連絡を密に行ったため、最初に提出した日本主導の決議案は8カ国もの共同提案となったのである。しかも、その時点で賛否は安保理15カ国のうち、13カ国までが賛成という状態であった。

 しかしながら、中国が国連憲章第7章を引用した制裁決議案に拒否権発動の構えを見せたため、それを回避するための戦術として最終的に選択したのが、7章の引用を削除しつつ、実質的には拘束力をもつという今回の決議だったのである。

小沢氏がいう「最初の勢いはどこへやら。制裁という7章の中身を削除せざるを得なくなった」という指摘は、実態を踏まえていない。中国が頑なに7章の引用に反対し、拒否権発動の構えまで見せたため、拒否権発動を阻止する方策が知恵のしぼりどころとなったのである。

7章のもとで行動する、という文章を削除しても、そもそも安保理決議は国連憲章24条により加盟国に拘束力を持つものであるから、決議内容は拘束力を持つ、というのが日米英仏の解釈である。北朝鮮やどこかの国が、この決議の要請に従わず、北朝鮮にミサイル技術の移転したり、北朝鮮からミサイルを購入したりすれば、今回の決議に反するとして、次ぎは容易に制裁を課す決議につなげることができるのである。なお最終決議の中身は、7章削除を除けば、ほぼ当初の日本案通りであることも注意したい。

このように、今回の安保理決議をめぐる日本政府の外交は、戦後外交史上まれにみる成功と見るべきもので、小沢氏の批判はあたっていない。小泉首相―安倍官房長官―麻生外相のチームによるぶれない外交姿勢が成功した、と評価すべきものと思う。

 小沢氏の今回の発言は、与党への対抗意識から出たものと思われるが、国の安全が脅かされている問題では、野党といえども、まずは政府と協力するというのが大事なことではないか。筆者は日ごろ、小沢氏の識見、能力に敬服しているものの1人だが、今回の発言は、政権を狙う最大野党の党首としては、きわめて不適切な発言といわざるを得ない。

 

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「撤退」か「撤収」か。毎日新聞コラムへの疑問

2006/06/26 17:31

 

  

 先日、本ブログで「陸自は『撤収』か『撤退』か」と題して、陸上自衛隊のサマワからの撤収について、メディアによって「撤収」とするところと、「撤退」と表記するところに分かれた、という一文を書いた。

 ところが、今日6月26日付の毎日新聞朝刊2面にあるコラム「発信箱」がこの問題を取り上げ、「お先棒担ぎの言葉狩りに自重を求めたい」と厳しく批判した。毎日新聞は「撤退」でほぼ統一しようとしている新聞である。

 毎日新聞コラムは、私のブログを読んだのではないだろうが、「お先棒担ぎ」とする批判はおだやかではない。まずは素直に反省を試みたうえで、一言だけ反論、というか事実指摘をしておきたい。

 同コラムによれば、毎日新聞があえて「撤退」という用語を使っている理由は次ぎのようなものだという。

①どの辞書で調べてみても「撤退」と「撤収」はほぼ同義②毎日新聞は、イラクからの軍隊引き揚げに言及する場合、凱旋か敗走かというニュアンスとは無関係に「撤退」という表現を使ってきた。今回も記事や見出しは「撤退」を基本としている③身命を賭してイラクに赴いた自衛官が「退」に過敏であって不思議ではないが、政府の仰せに恐縮して用語を改めるまでの話ではない④こういう問題をメディアたたきに利用する扇動家の存在が面白くない。

ざっと以上である。しかし、まず②の理由は事実に反する。なぜなら、毎日新聞がこれまで、イラクからの自衛隊の撤収に関して「撤退」ではなく、「撤収」という言葉を使った例は少なくない。例えば、わずか1カ月前の5月24日付の毎日新聞社説は、「サマワの自衛隊、安全な撤収への準備怠るな」と題し、見出しでも本文でも「撤収」という言葉を繰り返し使っている。社説といえば、社の基本方針を反映していると思うのが自然である。

もっとも、毎日新聞は社説と一般記事の主張が異なる例、あるいは社説を担当する論説委員どうしの意見が180度異なる例も少なくなく、この点はとても興味深いのだが、コラムがいう《晦日新聞は、これまでも「撤退」という言葉を使ってきた》ーという指摘はおかしい、というより虚偽である。主張の論拠に虚偽の事実を用いるのはフェアではない。

③の「政府の仰せに恐縮して用語を改めるまの話ではない」という理由もひっかかる。なぜなら毎日新聞は先のジャワ島中部地震の際、自衛隊が任務を終えて引き揚げるときは一貫して「撤収」という「政府仰せ」の用語を使っていたからである。こうみてくると、毎日新聞編集局はやはり意図的に「撤退」と「撤収」を使い分けている、と思わざるを得ないのである。

コラムはまた、「扇動家の存在」に懸念を示しているが、「撤収」を、あえて「撤退」と言いかえることも、場合によっては「扇動」になることを忘れてはならない。扇動、プロバガンダは、現代史を見れば、左右両極の陣営がともに得意としてきたところである。扇動や言葉狩りを批判するのは同感だが、一方的でありたくはない。

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BBCのこの調査に改めて注目を

2006/06/23 21:58

 


 「国際社会によい影響を与えている国のトップは日本」―英BBC放送が今年2月に発表したこんな国際世論調査結果があらためて関心を呼んでいる。

国際シンポジウムや講演などのためこのほど来日したロビン・サコダ元米国防総省日本部長(現アーミテージ・インターナショナル上級役員)が一連の発言の中で、繰り返しこの調査結果を取り上げ、注目を呼びかけたためだ。

この国際世論調査は、BBCが米メリーランド大学と世論調査会社グローブスキャン社の協力を得て、昨年10-12月、世界33カ国で約4万人を対象に実施したもので、結果は産経新聞も今年2月4日付で報じた。

その内容を改めて紹介すれば、日本は調査対象33カ国のうちの31カ国もの「驚くべき多くの国で」(調査報告)「よい(ポジティブな)影響」を与えている国と評価され、国別の評価ではトップだったというものだ。(調査の詳細はhttp://www.globescan.com/news_archives/bbcpoll06-3.html

評価しなかった2カ国はどこかといえば、中国韓国だった。しかも日本を評価する国は、日本に近い地域に多く、インドネシアでは85%もの人が、フィリピンでは79%、オーストラリアでは60%の人たちが日本を高く評価していたのである。

サコダ氏は「日本は、世界の人たち、とりわけアジアの人たちから、これほど高い評価を受けているのだということをもっと自覚すべきだ。戦後の日本が果してきた国際援助など平和的な国際貢献に自信をもて」と説いた。

これを見れば、「日本はアジアで孤立している」などといったの批判は、いかに的外れかが分かる。小泉首相の靖国神社参拝に「アジア中の人々が怒っている」、そのために「日本外交がアジアで孤立している」という指摘は、果たして本当か、つくられたものではないのか、と疑ってみたい。そこに中国韓国からの政治的意図をもったプロパガンダの影響がありはしないか、と。

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